宝暦3年〜文化3年
美人画の代名詞的な浮世絵師。世界のウタマロ。喜田川派の祖。北川氏、俗称市太郎、のちに勇助。鳥山石燕門人で、作画期は安永4年から没年までで初め北川豊章、豊章と号していましたが、天明初年ごろ歌麿と改名し、まもなく喜田川、喜多川を画姓とす。他に鳥山登章、鳥豊章、石要、木燕、燕岱斎、紫屋の画号があります。初めは黄表紙や洒落本などの挿絵を描く。春章風の役者絵、ついで重政、清長風の美人画を描きますが、板元蔦屋重三郎との関係を深め、寛政3年頃美人大首絵という新しい美人画様式を完成させます。理想の女性美を追求し、女性の内面的感情表現を試み、美人画絵師の第一人者となった。肉筆画・春画にもすぐれたが、「八景浮世絵」など名所風景画にも名作を残す。

喜田川歌麿
喜田川歌麿