宝暦3年〜文化3年
1832年)平保3)の「富嶽三十六景」で名高い江戸後期の浮世絵師。江戸本所の御用鏡師の養子 19歳で勝川春章門下として役者絵を描き、ひそかに狩野派の筆法も習得。奇行話題に富み、あくなき探究心を持続した作家でもある。黄表紙の挿絵にも健筆をふるいかれの挿絵は空想の世界を、目に見える現実的な場面として大衆を魅了したのでした。北斎人気のゆえんは挿絵よりもむしろ挿絵画家としてのほうにあったのです。「東都名所」「隅田川両岸一覧」で自然とかかわって暮らす人間生活を謳う画風を築く。文化文政期の「北斎漫画」では軽妙な筆致で庶民生活を描破した。「富嶽三十六景」は大胆奇抜ながら緻密な計算を感じさせる高度に完成された画境に遊ぶ傑作。霊峰富士に労働する庶民を配した画面構成には芸術生命の永遠性を感じさせる。肉筆画も多く、画題も花鳥画・美人画・歴史画・測量図と幅広い。その画風はヨーロッパ印象画壇にも影響を与えている。どの画派にも属さないでそれまでの枠や常識にとらわれないで、常に新しい表現へと探究心を燃やし続けた画家だった。

葛飾北斎
葛飾北斎