江戸時代
1585〜1615年 秀吉・家康の時代
1645年〜1675年 四代将軍家綱の時代
1705〜1735年 白石・吉宗の時代・享保の改革
1765〜1795年 田沼時代から寛政の改革へ
1825年〜1855年 藩政改革・天保の改革の時代
江戸時代の所謂『三大改革』
社会システムとしてみた場合の徳川体制の存続・発展にとっての主要な課題は三つあったと言って良いでしょう。
その第一は諸大名の連合国家として成立した徳川体制の一層の強化(組織と8しての幕府の権威の確立)による統治構造の安定でした。(それは結局のところ、西欧近代的な集権国家の構造を必要としました。)
その第二は、商業化・都市化がもたらす武士(及び武士が依拠する農民)の困窮と新興勢力の台頭への対応でした。(それは結局のところ西欧型産業化を必要としました。)
その第三は、日本近海に進出してくるシナ及びヨーロッパの勢力への対応でした。(それは結局のところ全面的開国を必要としました。)
1603 徳川家康(とくがわいえやす)が江戸に幕府を開く
1607 朝鮮の使節が初めて江戸に来た。キリスト教禁令が強められていく。
1615 大阪夏の陣が起こり豊臣氏が滅んだ。菱垣廻船が始まった。
1637 島原の乱が起こった
1641 オランダ商館が長崎に移された。
1657 江戸で大火があり、江戸城の本丸が焼失した。(明暦の大火)西廻り、東廻り航路が整えられていく。
1689 松雄芭蕉が奥の細道の旅に出かけた
1707 富士山噴火、宝永山が出来た。
1715 幕府が長崎貿易の制限令を出す。
1716 徳川吉宗が将軍となり享保の改革が行われた。
1732 西日本一帯で稲に虫がつき、大凶作、飢饉が起こる。百姓一揆が各地に起こり、幕府は取締りを厳しくした。
1772 田沼意次が老中になった。印旗沼の干拓が始まった。東北地方を中心に大飢饉が起こった。
1787 松平定信が老中になり、寛政の改革を始めた。喜多川歌麿の画本虫撰(えほんむしえらび)が発行された。
1804 ロシア使節レザノフが長崎に来て通称を求めた。
1821 大飢饉が起こり、打ちこわしが全国に広がった。
1841 老中水野忠邦が天保の改革を始めた。
1853 ペリーが浦賀に来た。
1855 江戸大地震、大火
1859 神奈川、長崎、函館の3港を開いて、貿易を始めた。
1868 江戸幕府が倒れ、江戸が東京に改められた。
1555〜1585年 天下統一
1585〜1615年 徳川幕府形成
1615〜1645年 二重権力飢饉
1615〜1705年 近世第二期 幕府専制化の波
1615〜1645年 安定的統治機構の確立
1645〜1675年 幕閣機構の確立
1675〜1705年 元禄通貨バブル財政赤字と腐敗
1675〜1765年 近世第三期農本的開発主義の波
1675〜1706年 財政再建
1706〜1735年 農本的開発主義 武威強調
1735〜1765年 風水害 一揆・打ちこわし
1735〜1825年 近世第四期 資本主義の波
1735〜1765年 民衆の不満への対応
1765〜1795年 積極的商業化 経済開発
1795〜1825年 文化・文政バブル
1795〜1885年 近世第五期 初期工業化の波
1795〜1825年 外国船来航への対応
1825〜1855年 初期工業化 軍備強化
1855〜1885年 幕府体制崩壊(開国・維新)